永井真理子は現在も可愛かった!旦那や子供は?音楽活動を再開した?

ミュージシャン

「ミラクル・ガール」や「ZUTTO」のヒット曲で知られる永井真理子さん。

当時はショートカットがチャームポイントで可愛かったですよね。

そんな彼女は現在どうしてるのでしょうか?

現在も可愛かった!

旦那もミュージシャン!

音楽活動再開!

ってほんまかいな?

プロフィール

永井真理子(ながいまりこ)

本名:濱田真理子(旧姓:永井)

生年月日:1966年12月4日

出身地:静岡県御殿場市

実家は美容室を営んでおり、父の病気もあり家業継ぐか迷っていたようです。
しかし母から、「広い世界を見てそれから自身の人生を選択するように」と助言されます。
そこで、子供が好きだった永井さんは、保育士を目指して本女子体育短期大学保育科に進学し上京します。

もともとは、ミュージシャン志望ではなく、保育士を目指していたんですね。
そんな永井さんが、ミュージシャンも目指すきっかけは何だったのでしょう?

大学では音楽活動もしたい!と思っていたところ、知り合いの紹介で中央大学のバンド「WIZARD」にコーラスとして加わることになったんです。
その後、バンドのボーカルが脱退し、永井さんがボーカルを務めることになったのです。
バンドのボーカルという経験から、永井さんは音楽の世界に魅せられその活動に没頭しました。
そんな矢先に、なんとバンドが解散してしまいます。

念願の音楽活動ができたにもかかわらず、バンドが解散なんてショックですよね。

しかし、ミュージシャンの夢を諦めることができなかった永井さんは、自らレコード会社へデモテープを持参します。
それほど、真剣に音楽に向き合っていたんですね。

デモテープを聴いたレコード会社の音楽関係者から好感触を得て、永井さんの通っていた大学の学園祭で、自身のライブを見てもらうことになります。
ただ、バンドは解散していましたので、即席のバンド「Dance」を結成しライブを行うことになります。
このバンドメンバーの中には、後に永井さんに多くの楽曲を提供することになる前田克樹さんの姿もありました。
ライブの翌日に音楽関係者より連絡があり、デビューを前提にアルバムの制作を行うことになるのです。

ただ、大学は辞めずにレコーディングなどを行い、大学卒業後の1987年にファンハウス(現:アリオラジャパン)より「oh,ムーンライト」で念願のメジャーデビューを果たしました。
そして、デビュー後の1980年代後半から1990年代前半にかけ、ボーイッシュな雰囲気で人気を得て、「ミラクル・ガール」(1989年)、「ZUTTO」(1990年)など多くのヒット曲を生むことになるのです。

ZUTTOは今でもカラオケ等で歌い続けられている名曲ですよね!
私も大好きな曲です。

ヒット曲を連発しましたが、その後曲調が変わってしまったことも影響してなのか、ファン離れが起きてしまいます。

さらに、1993年の横浜スタジアムライブで、突然結婚を発表したことによって、さらにファン離れが加速してしまいました。

では、現在の永井さんはどうなっているのでしょうか?

 

現在も可愛かった!

53歳となった永井さんですが、現在の姿がこちらです。


いやー可愛いですよね!
とても53歳には見えません!

ツイッターをしている永井さんですが、それについても悩みがあるんだとか。
それは、誤字を連発してしまうことらしいです。
例えば、「アップテンポ」を「アップデンポ」や、「ツイッター」を「ツイター」などなど。
そういうところも可愛いですよね!

 

永井さんは、2017年にデビュー30周年を記念して2006年以来となる、新曲(ミニ・アルバム)『Life is beautiful』を自身のデビュー日にあたる7月22日に配信限定としてリリース。
また、10月には東京・Last Waltz by shiosaiにてスペシャルライブを開催されるなど、11年ぶり本格的に歌手活動を再開させました

ツイッター、インスタ、アメブロもされていますので、要チェックですね!

最近ではテレビやラジオ等にも出演されており、ライブなど音楽活動も精力的に行われていますから、今後が益々楽しみです。

ですが、11年間も歌手活動から遠ざかっていたのには、何か理由でもあったのでしょうか?

それは、結婚や子供ができたことに関係あったようです。

 

旦那さんや子供は?

永井さんは、27歳の時に1993年バックバンドを務めていた、ヒステリックママの廣田コージさんと結婚しました

音楽業界では、結構有名な人でCOZZiの名義で、音楽を提供している福岡出身のギタリスト&プロデューサーなんです。


右側の黒のニットを被っている男性こそが、旦那さんのCOZZiさんです。
夫婦でラジオ共演とはなかなかレアですよね!

結婚後はあまりテレビでも見かけなくなりましたよね。

というのも、2003年にオーストラリアのシドニーに移住していたんです。
移住した理由とは、家族で暮らすにはオーストラリアが一番良いと考えたからだそうです。
子育てにも良い国だったのでしょうか。

オーストラリアには10年ほど住んでいましたが、2013年に日本に帰国してきております。
そら、日本ではあまり見かけなくなるはずです。

では、気になるお子さんですが、1996年11月18日に長男を出産しています。

お名前は「裕亜さん」。
「ゆうあ」と読みます。

かっこいい名前ですよねー!
お子さんは一人だけのようです。
こんなキレイなお母さんでうらやましいですね!

裕亜さんは6歳の時にオーストラリアに移住することになるのですが、言葉が全く通じない状況に身を置かれ、どうしていいか分からなかったそうです。
そらそうですよね!
大人でも言葉が通じない状況だとうろたえてしまいます。
なんと、学校でも弁当を一人で食べていたんだとか。

しかし、3ヶ月後には金髪のかわいい男の子の友達ができていたようです。
子供の適応能力は凄いもんですね!
今では英語もペラペラなんでしょうね。

また、テニスが得意なようで、シドニー日本人会テニスクラブに所属していたようなんです。


出典元:https://www.jams.tv

一番左の男の子が裕亜さんです。
2011年なので、当時15歳になります。

テニスを始めたのが2007年からのようで、このテニスとの出会いが裕亜さんを大きく成長させたみたいです。
これについては、2008年の永井さんのブログで綴られています。

永井真理子オフィシャルブログ

2013年に帰国してからは、東京都立国際高校へと転校していますが、そこでもテニスをしています。
2015年1月の第20回東京都立高等学校テニス大会の男子シングルスでベスト4の記録が残っていました。

その後、大学に進学したと思われるのですが、どの大学とかは分かりませんでした。
英語力を生かして海外留学なんて可能性もありそうですね。
両親がミュージシャンですから、もしかしたら音楽活動をしているのかも。

今でも、家族は仲良しなようで、2019年には3人そろって初詣に行ったみたいです。
オーストラリアでの生活が家族の絆を強くしたのかもしれませんね。

 

まとめ

歌手の永井真理子さんは、1993年に結婚し、1996年に長男を出産されていました。

また、2003年から2013年までオーストラリアに家族で移住していました。

そして、2017年より歌手活動を再開していたということが分かりました。

今後の活躍に期待ですね!

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

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