後藤久美子の息子ジュリアーノアレジが起こした事故とは?

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後藤久美子さんの息子でレーサーのジュリアーノ・アレジさん。

元F1レーサーのジャン・アレジさんと後藤久美子さんとの間にできた子供であることはあまりにも有名ですよね。

また、2021年からは日本でレース活動することになり、そちらも話題になっています。

そこで、検索ワードで出てくるのが「事故」というものです。

これはいったいどういうことなのでしょうか?

今回は、ジュリアーノ・アレジ選手について記事にまとめてみました。

是非、最後まで読んでみてください。

目次

ジュリアーノ・アレジが起こした事故とは?

レーサーといえば、レース中の事故はつきものです。

現代のレーシングカーでは滅多に死亡事故は起きないのですが、2019年に悲惨な事故が起こってしまいます。

それは2019年8月31日、ベルギーのスパ・フランコルシャンサーキットで行われたFIA-F2選手権で起きました。

このF2選手権は、自動車レースの最高峰F1の直下カテゴリーでF1レーサーを目指す若きレーサーがしのぎを削っているカテゴリーです。

この日行われた決勝レースで4台が絡む事故が発生します。

この事故でアントワーヌ・ユベール選手が命を落とすという最悪の結果となってしまったのです。

その中の4台のうちに含まれていたのが、ジュリアーノ・アレジ選手だったということなんです。

わずか、14.6秒の間で起こった事故でユベール選手には81.8Gというとんでもない衝撃を受けたことが発表されています。

そして事故の発端となったのがアレジ選手ということなのです。

「14.6秒間に起きた一連のアクシデントは、レース2周目のターン3(オー・ルージュ)出口でジュリアーノ・アレジがマシンコントロールを失ったことに端を発した。アレジのマシンはスピンし、トラック左側のバリアへ向かっていった」

「このクラッシュにより、コース上にはアレジ車と衝突で散らばったパーツ片(デブリ)が存在した。これらを避けるべく、後続のラルフ・ボシュンとアントワーヌ・ユベールは右方向へ回避行動を取り、ターン4のランオフエリアへと向かっていった」

「このとき、ユベールのマシンは時速262kmで走行しており、フロントウイングを失ったことでコントロールが効かなくなり、ターン4出口の右側にあるバリアへと向かっていった。バリアには時速216km、約40度の角度で激突しており、このとき最大33.7Gの衝撃が発生した」

「コレアのマシンはユベールのマシンに対し86度の角度から時速218kmで衝突。一方のユベール車はほぼ静止に近い状態だった。2台の激突により、コレア車には最大65.1G、ユベール車には81.8Gの衝撃が加わった」

出典元:as-web.jp

レーシングアクシデントですので、アレジ選手を責めることはできません。

ですが、自身が発端となっての事故なので相当辛い出来事だったと思います。

私も、今思い出しても目を覆いたくなる光景だったのを覚えています。

 

これがジュリアーノ・アレジの事故というワードことだと思われます。

レーサーとしての才能は?

父親のジャンが元F1レーサーということもあり、息子のジュリアーノも将来のF1レーサーとして期待が集まっていました。

まずは、レース戦績を見ていきましょう!

2014年:カートイタリアンチャンピオンシップ(総合14位

2015年:フランスF4選手権(総合4位

2016年:GP3シリーズ(総合22位

2017年:GP3シリーズ(総合5位

2018年:GP3シリーズ(総合7位

2019年:FIA F2選手権(総合15位

2020年:FIA F2選手権(総合17位

この成績だけを見ると正直ぱっとしません。

特にF1直下のF2で良い成績を残せなかったのは痛いですね。

チームに恵まれなかったというのもありますが。

 

ジュリアーノはフェラーリ・ドライバー・アカデミーの一員でしたが、2020年を持って離脱することが発表されました。

フェラーリといえば、レーサーなら誰もが憧れるチームであり、父のジャンも1991年から1995年まで在籍していました。


出典元:motorsport.com

アカデミーの最後の仕事として、父と同じカーナンバーをつけてF1マシンをドライブしました。

このことについて父のジャンはこのように語ってます。

「彼がフェラーリに乗っている姿を見るのは感動的だったよ! ただ、彼は最初に出ていったドライバーだったので、他のドライバーも後からそのマシンで走ることを考えると、冷たい路面でミスをしてはいけないと責任を感じていたと思う」

出典元:motorsport.com

ヨーロッパではF1ドライバーになるという目標は残念ながら達成することはできませんでした。

そして、2020年でヨーロッパを後にし2021年からは母の母国である日本でレース活動をすることになるのです。

2021年より日本でレース活動

2021年はチーム・トムスより全日本スーパーフォミュラー・ライツ選手権に参戦することが発表されました。

そして、4月3日に行われたデビュー戦で見事に3位表彰台を獲得しました!

当然ながら、このレースには母の後藤久美子さんと姉のエレナさんも応援にかけつけていました。


出典元:as-web.jp

ヨーロッパでは実現できなかったシリーズチャンピオンを獲得してほしいところですね!

また、母の後藤久美子さんがレースクイーンでサポートしたら「客も呼び込めるんじゃね?」なんて声も聞かれますが(笑)

イケメンで後藤久美子さんの息子ということもあり、今後日本でのファンも増えていくかもしれませんね!

国内最高峰レースデビュー2戦目で初優勝

国内最高峰のレースであるスーパーフォーミュラに代役参戦することになったジュリアーノ。

第2戦の鈴鹿でデビューしましたが、いきなりポイント獲得する活躍をみせました。

そして、続く第3戦オートポリス。

初体験のコースでしかもウェットコンディションという難しい状況でしたが、予選でいきなりトップタイムをマークしいきなりポールポジションを獲得します。

迎えた決勝レースもウェットコンディションでしたが、無難にスタートを決めてそのまま逃げ切って見事に初優勝!

これは、監督も予想外の活躍だったのこと。


出典元:motorsport.com

レース後にお母さんに電話で報告している姿も映ってました。

インタビューでも日本語で応える場面もあり、すでに日本に馴染んでいる印象を受けました。

 

ジュリアーノは「もっと早く日本に来るべきだった」と語ってます。

「ヨーロッパの優れたチームは、無尽蔵の資金があるとか、F1のチーム監督がマネジメントしている、とかではない限り、経験がないドライバーをリスクを背負ってまで起用しようとしない。日本に行くというのは僕にとってベストな選択だったと思う。後になって言うのは簡単だけど、正直もっと早く来るべきだった。F2に参戦するべきではなかった」

出典元:motorsport.com

ヨーロッパでレースをしている時は父と同様F1ドライバーになることを期待され、相当のプレッシャーがあったことと思います。

そして、母の母国の日本にやってきた今純粋にレースを楽しんで、伸び伸びとレースしている印象を受けます。

変なプレッシャーも無くなり本来のジュリアーノの走りができるようになったのかもしれませんね!

このまま活躍を続けると、もしかしたらF1という道が再び開かれる可能性も0では無いのかなと個人的には思います。

今後のジュリアーノ選手に期待ですね!

最後までお読みいただきありがとうございました。

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