稲川淳二の字が綺麗でうまい?デザインした作品がすごい?次男は障害者で死去している?

Pocket

今やすっかり怪談でおなじみの稲川淳二さん。

毎年行われている怪談ライブは、今でも超人気ですよね!

今回は怪談ではないところの噂をまとめてみました。

字が綺麗でうまい!

デザインした作品がすごい!

次男は障害者で死去している!

ってほんまかいな!?

プロフィール

稲川淳二(いながわじゅんじ)

 

本名:稲川良彦(いながわよしひこ)

生年月日:1947年8月21日

血液型:AB型

出身地:東京都

 

デビューは1976年4月で、ニッポン放送の深夜のラジオ番組の「オールナイトニッポン」です。

テレビで、バラエティー番組に出演された際は、体をはったレポートや大きなリアクションで大きな人気を得ることになりました。

元祖リアクション芸人と言ってもいいんじゃないでしょうか。

そして、独特の語り口調の怪談が大ブレークしました。

1993年から始まった、「ミステリーナイトツアー」は毎年行われており、現在でも全国各地で開催されています。

 

また、人柄の良さは業界内では有名なようです。

「稲川の悪い話は聞かない」と言われるほどである。すこぶる温厚、ユーモアのある人柄でありつつ、壮大なサービス精神を持ち前にしており(生来のサービス精神と場持ちのよさから、学生時代から「コンパ屋」の異名をとっていた)、他人のためなら自分を傷つけていいと思っており(リアクション芸において垣間見ることが出来る)、絶大なるお人好しだという。

ファンに対するサービス精神も旺盛で、頼まれもしないのにファンに怪談をエンドレスで聞かせ、マネージャーに止められることもしばしば。かなりの確率でファンレターに返事をすることでも有名。インターネット上では、ライブの際に控え室で記念撮影をしてもらったことなどが記されたブログもある。

私も何度かライブに行ったことがありますが、物凄く人の良さが滲みでていました。

それもあって、何度もライブ会場に足を運んでしまうくらいです。

 

独特のフォントの字が綺麗?

かなりの確率でファンレターの返事をすることでも有名な稲川さんですが、いったいどんな字を書くのでしょうか?

実際に、稲川さんが書いた字がこちらになります。

驚くほど綺麗ですよね!

パッと見、パソコンで打ち込んだのかと見間違えるほどです。

ファンレターの返事が、こんな綺麗な字で返ってきたら、めちゃくちゃ嬉しいですよね!

 

もともと、パソコンやスマホなどの機器は苦手なようで、全て手書きなんですね。

なんと、携帯電話も持っていないとの噂も。

現代人は、パソコンやスマホで済ませる方も多いので、手書きでノートに書くとか手紙を書くのも、なかなか機会が減っていますよね。

こんな時代だからこそ、稲川さんの書く字は、注目されているのかもしれません。

しかし、赤色というのが不気味ですよね。

 

本職は工業デザイナー?デザインした作品がすごい?

今では芸能人として、すっかり定着している稲川さんですが、元々は工業デザイナーなんです。

多摩工業高校を卒業した後に、桑沢デザイン研究所に入学されています。

デザインした作品も凄いんです!

例えば、今ではすっかりおなじみのバーコードリーダーですが、こちらの初期の作品は稲川さんがデザインされたそうです。

そして、新幹線の検札機。

こちらも、稲川さんデザインなんだとか。

すっかり、今では身近なこれらの機器が稲川さんデザインとは驚きですよね。

デザイナーとしての才能もかなりのようです。

 

また、1993年には、車止めで通商産業省のグッドデザイン賞受賞を受賞されているんです。

 

そして、子供の時から大の車好きだったらしく、1990年代の後半には、スズキのレーシングカーのデザインもしたようです。

デザイナーの道を志したのも、カーデザインをやってみたかったとの想いがあったようです。

私も車好きですので、稲川さんデザインの車だったら即買いしてしまいそうです。

 

次男は障害者で死去していた?

稲川さんには2人の息子さんがいます。

長男は俳優として活躍中の稲川貴洋さんなのです。

結婚した同年の1977年誕生しています。

 

では、次男はどんな方なのでしょうか?

次男は由輝さんで1986年に誕生しています。

しかし、次男はクルーゾン症候群という障害を持って生まれてきたのです。

クルーゾン症候群とは、頭蓋骨の奇形で、呼吸障害や発話能力が乏しいものなんです。

さらに、稲川さんの次男は視覚と聴覚、知能障害も併発しており、さらに酷かったようです。

 

そのことで、稲川さんはとてつもないショックをうけたようです。

生後4ヶ月で手術を受けないといけなくなったわが子。

長く生きれないのであれば、いっそのこと死んでしまったほうが良いのかと考えてしまい、誰もいない病室で窒息死させようとしたこともあったようです。

でも、手の震えがおさまらず、それはできなかったみたいです。

しかし、手術後に幼い次男が一生懸命に息をしているのを見て、自分が間違っていたことを悟り。おもいっきり後悔したのです。

そして、「俺はお前の父ちゃんだぞ」と大声で次男の名前を叫んだそうです。

 

その次男ですが、2013年4月に死去されております。

クルーゾン症候群は十数年しか生きれないと言われていますが、なんと27歳まで生きているんです。

ここまで生きれたのも、両親の愛情をたくさん受けて育ったからなのでしょう。

そして、本人も病気など吹き飛ばすくらい幸せな日々を送っていたからかも知れません。

 

稲川さんはそんな経験もあってか、「障害者の親として生きる」講演会行っています。

怪談だけでなく、このような活動も積極的に行っており、涙無くしては聞けない講演だそうです。

 

まとめ

私は稲川淳二さんがとっても大好きです。

寝るときのBGMは稲川怪談を聞いてるくらいなんです!

あの語り口調がなんか癒されるんですよね。

もう70歳を超えてしまいましたが、いつまでも元気で活躍してほしいですね。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です